大判例

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仙台高等裁判所 昭和61年(う)183号 判決

所論は,要するに,窃盗罪の成立要件として不法領得の意思を必要とすることは判例上確立しているところであり,右にいうところの不法領得の意思とは,他人の物件をその人に対する自己の債権の代物弁済にあてる意思とか,支払いがないときは自己のために売却する意思など最終的処分を伴うことが予測される場合を指すものと解すべきところ,被告人には,原判示油圧ブレーカー(以下,「油圧ブレーカー」という。)について,代物弁済や売却処分を行う意思は全くなく,単に,他人の占有を排除して保管していたに過ぎないのに,原判決が,被告人に油圧ブレーカーの不法領得の意思があるとして窃盗罪の成立を認め,被告人を有罪としたのは,判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の解釈,適用の誤りである,というのである。

しかしながら,原判決が,その挙示引用する関係証拠により,被告人に不法領得の意思のあつたことを含め,原判示の事実に窃盗罪の成立を認めたのは正当であつて,所論に鑑み更に検討しても,右窃盗の事実に関し,原判決に所論のような法令の解釈,適用の誤りはない。すなわち,窃盗罪が成立するには不法領得の意思の存在が必要であることは所論のとおりであり,その意思とは,権利者を排除し他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従いこれを利用し又は処分する意思をいう(最高裁判所昭和26年7月13日第二小法廷判決・刑集5巻8号1437頁参照)のであり,しかも,右の意思は,永久的に他人の物の経済的利益を保持する意思であることを必要としない(同裁判所昭和32年3月19日第三小法廷判決・裁刑集118巻367頁参照)ことは最高裁判所の判例とするところである。

ところで,原判決挙示の各証拠に当審において取り調べた通告書(写)及び当審公判廷における被告人の供述を総合すると,次の事実が認められる。

本件の経緯については,おおむね原判決が「被告人及び弁護人の主張に対する判断」の項において説示しているとおりであつて,被告人は,昭和55年12月20日締結された和解契約により,森賢樹並びに同人が代表取締役の有限会社森工務店及び森建設工業株式会社(以下,「森」,「森工務店」,「森建設」という。なお,森工務店は森建設の前身である。)が支払うこととされた520万円中,森工務店振出しの約束手形5通金額合計135万円につき,その後当事者間に債権債務の存否が争われたため,森が不渡りにしたことから,被告人において執ようにその支払いを請求していたものの,森からは正当な法的手続により請求するようにとの申入れがあつてその支払いを拒否され続けていた。

そこで,被告人は,森建設が仙台市発注工事の下請業者として原判示工事現場で油圧ブレーカー等を使用し,かつ,同工事現場の資材置場にこれを置いてあることを現認していたことから,右工事に使用中の建設機械を無断で搬出し債権回収の実現ないし確実な保障を得るまで押さえておけば工事現場で混乱等が生じ,森も前記債務を認め支払いに応ぜざるを得なくなるであろうとの意図から,原判示油圧ブレーカー等の建設機械を自己の支配下に置こうと考え,森建設が施行する工事現場の作業が終わつた原判示の日時ころ,従業員2名を指揮して原判示の場所に赴き,森からこれら建設機械を債権確保のため被告人に提供することの承諾を得ることなく,先ず,油圧ブレーカーを運搬車に積み込み,次いで,建設機械ユンボを積み込み,無断でこれらを運び出そうとしたところ,同車の現場責任者に見とがめられて搬出を阻止され,右ユンボを運搬車から降ろされたけれども,油圧ブレーカーについては積み込んだことに気付かれなかったため,これを右運搬車に積み込んだまま一旦小松工業の修理工場に運び,2,3日後部品の散逸や錆を防止するためシートでこれを梱包したうえ,自宅玄関脇に運搬して自己の支配下に置いた。被告人は,油圧ブレーカーを搬出した当夜,仙台南警察署長に宛て,森が手形金合計135万円の支払いに応じないため油圧ブレーカーを搬出し,被告人において責任をもつて預り保管していること,近日中に弁護士を選任のうえ,油圧ブレーカーの仮処分並びに差押を仙台地方裁判所に申請し,然るのち和解の話合いに応ずること,及び,右手形金を弁済し次第油圧ブレーカーを返還することを内容とする御届出書なる文書を同署に届けたほか,その翌日森建設と油圧ブレーカーの販売経由会社である加藤製作所宛てに同趣旨の内容を記載した通告書なる書面を書留郵便で発送した。一方,森建設では,被告人らによつて油圧ブレーカーが無断搬出されたことを翌日になつて知り,急遽,他の工事現場の機械を補充して工事を進めたが,そのため相当の経済的損失を蒙り,被告人が油圧ブレーカーの返還要求に応じなかつたことから,被告人を仙台地方検察庁に告訴し,又,仙台南警察署に被害届を提出したため,被告人は警察の取調べを受けるに及び,その結果,搬出した油圧ブレーカーを約3か月後の同年7月11日,森建設への返還忌避の気持から加藤製作所仙台支店に運搬したため,同支店を通じて森建設に引き渡されるに至つている。

以上の事実によると,被告人は,森が不渡りにした手形金合計135万円の支払いに応じないため,工事に必要不可欠な油圧ブレーカーを被害者の意思を無視して,あえてその占有を侵奪したことが明らかであるばかりでなく,油圧ブレーカーを自己の支配下において右金員の支払いを督促し,債権回収の実現ないし確実な保証を得るまでの不特定期間,その物の利用できる権利を完全に排除して経済的価値の確保を意図したものであつて,支払いがないときは返還請求を拒否する意図に徴し,単なる保管意思でないことはもちろん,もともと占有侵奪の維持継続は保管とはいえないことも明白であるから,自己の所有物と同様に振舞うものとはいえ,更に,占有侵奪の維持継続自体も,所詮不払時の権利実行を終局的目的とするものであり,被告人の右意図によれば所定の法的手続を経て自己のために売却処分をする意思を有していたものと認められ,従つて,たとえ金員の支払いがあれば右ブレーカーを返還する意思があつたとしても,権利者を排除し右物件の経済的価値を排他的に取得する意思を有していたことを否定し得ないのであるから,被告人には不法領得の意思があつたものというほかはない。

被告人は,当審及び原審公判廷において,油圧ブレーカーを換金処分して森に対する債権に充当する意思もその計画もなかつた旨繰り返し供述しているが,森は右ブレーカーの搬出はもとより換金処分をも承諾していないのみならず,被告人が,南警察署長に届けた御届出書及び森建設と加藤製作所に郵送した通告書(各本文の記載内容はほぼ同じ。)によると,「近日中弁護士選任の上該機械の仮処分並に差押へを仙台地方裁判所に申請致します。」として右ブレーカーを所定の法手続を経て換価処分(もつとも,右書面によると,「仮処分並に差押へ」として必ずしも正確な法手続をうたつているとは認め難いが,いずれにせよ,裁判所による所定の手続を経た換価処分の趣旨であることは明らかである。)をすることの意思を表明したものと認められるのであるから,被告人の前記供述はにわかに措信し難い。

してみれば,被告人に油圧ブレーカーの不法領得の意思があるとして窃盗罪の成立を認め,被告人を有罪とした原判決には法令の解釈,適用の誤りはないから,論旨は理由がない。

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